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| 2000年03月21日(火) | |
| ■カヤックトレーニング初日。 | |
はじめてウエブサイトに日記を書くので、ちょっと緊張気味。本当に書き殴りになってしまいますが、どうぞよろしくお願いします。 今日からカヤックのトレーニングのため、3日間、カムループスという場所に行く。普段暮らしている100マイルハウスから、車で2時間くらいのところにある少し大きめの町。ここにあるカリブー大学(日本語に直すとちょっと変な名前だ・・)の施設や近くに流れる川でトレーニングする。 初日はいきなり川に行って沈脱(沈没して脱出すること)の練習からはじまった。3月末とはいえ水温はかなり低い。一回、沈して体が濡れると、すぐ震えがきた。水質はそこそこで流れはほとんどない。久々のカヤックで、感覚をとりもどすにはちょうどよかった。 夕方にトレーニングを終え、近くのホステルに宿をとった。ワーキングホリデーや留学しにきた日本人もちらほら見かける。大学でジャーナリズムを専攻している日本人の女性に取材された。ここにきて3年目だという。 夜にはチームのみんなでパブに行った。こちらにきて初めてのお酒。みんな毎日のトレーニングで疲れていて、「町にでて酒を飲もう計画」はいつもお流れ。今日はマーティンもいないし、雰囲気のいいお店を発見したので入ることにした。ビールを少々飲んで、くだらない話をして、夜の11時30分頃宿に戻った。 |
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| 2000年03月22日(水) | |
| ■カヤックトレーニング2日目。 | |
カヤックトレーニング2日目。朝7時起床。ホステルのキッチンでシリアルとパンを焼いて食べる。今日は、大学のプールに行って、レスキューなどの講習を受けた。カヤックにはエスキモーロールという技術がある。エスキモーロールとは、沈したときに、カヤックから出ずにパドルと体の動きを使って再び水面にもどることを指す。この技術を習得するとかなり便利だ。ローブレイス、ハイブレイス、簡単なロールを習う。プールの水は温かく、何度も沈しながら、練習に没頭した。 午後は再び川に行き、川を横断するときに使う「フェリーグライド」という技術の練習に励む。一度も沈しなかったが、風が強く気温も低かったので、快適とは言い難い。たまに顔をだす太陽が嬉しかった。 はじめてカヤックをしたジェイやジェシカもすぐに上手くなった。デブリンとレノはカヤックのコーチの経験もあるので、艇の扱いは手慣れたものだ。グルグル回って、上下左右に自在に操り、笑顔がたえない。みんな、スキーより明らかに楽しそうだ。ぼくは両方とも好きだけど。 夜に講師のアレックス、クリスティー、カリブー大学の学生2人を交えて、近くのピザ屋に行った。ジャーナリズム専攻の学生・横山有彩さんが寿司を作ってもってきてくれた。大好評。ぼくも久々に日本食を食べることができて、嬉しかった。 |
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| 2000年03月23日(木) | |
| ■カヤックトレーニング終了 | |
昨日まではトンプソンリバーという川で練習していたが、今日はアダムスリバーという川で練習する。カムループスから車で45分くらい。パドリングジャケットの下にフリースを着用、靴下も二重にし、防寒対策を入念にする。今日もまたカヤックをするには肌寒い一日になった。最初は、エディー(岩の後ろの流れのない部分)に出入りする練習をした。ハイブレイスという技術を使って方向転換する際の艇の傾け方がうまくいかず、練習を繰り返した。 午後からいよいよ川下り。スタート地点直後にいきなり3級上の瀬がある。カリブー大学の学生がカメラを構えており、沈したらかっこわるいので、必死に漕ぎ抜けた。メルセデスが沈。その後も2級、3級の瀬が適度に続き、気を許せない。トレーニングにはもってこいのいい面構えの川だ。途中、何でもない瀬で、無念の沈。猛烈に冷たく、手の指と足のつま先がすぐ動かなくなった。後半になって4級の瀬がでてきた。ほとんどのメンバーが沈。ぼくは乗り越えることができたが、まぐれだ。しぶきでほとんど前が見えなかったががむしゃらに漕いでいたらいつのまにか抜けていた。 3時頃、川下りを終える。講師のデイブ、アレックス、クリスティーは、本当に気持ちのいいコーチングをしてくれた。5月には再びカムループスを訪れるので、再会が楽しみだ。カリブー大学の学生で取材をしてくれた横山有彩さんからは、最後に文庫本を3冊もらった。お寿司を作ってくれたりして、久々に日本の生活を思い出した。どうもありがとう。夕方カムループスを後にする。 帰り道にディランの家を通り(シンプルなログハウスだった)、ショットガンの射撃練習をした。北極での北極熊対策だ。北極には2丁のショットガンをもっていく予定。打ったときは肩に大きな衝撃があった。たかだか20メートルくらいしか離れていない的にさえ当たらない。北極で使わずに済むことを願うばかりだ。100ハウスに着く頃にはみんなくたくただった。 夜にハイジのお母さんがやってきた。 |
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| 2000年03月24日(金) | |
| ■Humanitarianの講義とナショジの発見 | |
カナダのBCと日本の時差は17時間。今ここは3月24日の午後6時前だけど、日本では3月25日の午前11時前ということになる。うーん、ややこしい。 先ほどHumanitarianの講義を終えた。Humanitarianを辞書でひくと人道主義(者)とか博愛主義という言葉がでてくるが、どうも日本語にするとしっくりこない。要は南北問題や、戦争とそれに起因する飢餓などの諸問題、関係するNGOやNPOの活動などについての総合的なレクチャーなのだが、なんと言ったらいいのだろう。ハイジのお母さんが講師だ。 ハイジはオーストリア人とハンガリー人の両親をもち、生まれはアフリカのケニア、その後も両親の仕事の関係でヨーロッパを転々とし、このプロジェクトに参加するまではアメリカのワシントンに住んでいた。国籍はアメリカ人だが、数奇な人生をおくっている。昨日、母親と会ったときのハイジは本当に嬉しそうだった。ハイジのお母さんは早口で、うまく英語が聞き取れなかったが、彼女のアフリカ滞在経験を交えた熱い講義だった。 今日はこれから夜にミーティングがある。書くことないので、前にさかのぼって書くが、カヤックのトレーニングでカムループスのユースホステルに泊まった際、20年以上前のナショナルジオグラフィック(以下ナショジ)が山積みされているのを発見した。ぼくは前から1970年中頃ののナショジを日本でもずっと探していたのだ。その頃のナショジには頻繁にオセアニアの航海術の記事がでていた。今ではとても有名になったハワイのホクレア号というダブルカヌーが、ミクロネシアの航海師マウ・ピアイルグを伴い、はじめてハワイータヒチ間の航海に成功し、まさにハワイアンが海洋民族としての誇りをとりもどすきっかけを作った瞬間だった。その記事を探していたのだが、なんとカムループスのユースホステルでそれを発見した。このときの喜びは、カヌーで4級の瀬を乗り越えた喜びの比ではない。さらにさらにナショジを漁っていると、メラネシアの伝説的な航海師、テヴァケに関するデビッド・ルイスの論文やテヴァケの写真まででてきた。さらにさらにさらに若き日の我が師、マウ・ピアイルグもいるではないか。ぼくはこの偶然の発見で号泣したい気分だった。早速、宿の人に懇願したところ、航海術について書かれた4冊のナショジを快く譲ってくれた。うーん、感動。とても嬉しい日だった。P2Pに関係しない話題で申し訳ないが、ぼくにとっての大事件なのでした。 |
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| 2000年03月25日(土) | |
| ■Body and mind energeticsの講義 | |
トレーニングに土曜も日曜も関係なし。今日はテント設営の練習からはじまった。昨晩、北極で使うテントがぼくらの手元にやってきた。Mossというメーカーの4人用のテントが二つ。北極には、ガイドのローリーが持参するテントを含めて合計3つのテントをもっていくことになる。Mossのテントはきれいなフォルムと風に強い設計で日本でも有名だが、値段が高く重量があるので山屋やバックパッカーにはそんなに普及していない。重さを気にしなければ、通気口や前室などがうまい具合についていて、かなり居心地のいいテントではあるのだが。 北極で素早くテント設営ができるよう、今日から3回ある食事の前にその都度テントを張る練習をすることになった。朝から雪がちらついていたので、外ではなく、宿の会議室にテントを張った。テント内は4人の男性が入ってもまだ少し余裕があり、快適な北極ライフ(ありえないけど・・)をおくれそうだ。なにしろ一ヶ月間におよぶメインの居住空間になるのだから、テントの善し悪しは重要である。 朝食後、Body and mind energeticsの講義。日本語に訳すと「体と心のエネルギー論」ということになるが、これまたしっくりこない。クリスという女性が講師を務める。いきなり幽体離脱の話からはじまった。要は長い旅でどうやって心と体のバランスをとるか、心の整理をどのようにしていくか、という話だった。間近に迫った北極行についての各々の心配事を皆でシェアし、考える、また、呼吸法や自分でできるマッサージなども習った。 11時からヨガ講習。マーティンの奥さん・マルティナが講師だ。今日でヨガ講習は5回目くらいになるだろうか。西洋人の目を通すとヨガはエクササイズの一つなのだが、インドで実際にヨガをやってるおっちゃんとかを見てると、なんとなく「明るく健康的なヨガ」とは違って、もっと深い心の動きがあるように思える。が、何はともあれ、ヨガを終えると体中がぽかぽかしてるので血の巡りはよくなっていると思う。ジャック・マイヨールが海岸でよくやっている逆立ちもだいぶうまくなった。 昼飯をはさんで再びBody and mind energeticsの講義の続き。夕方に韓国の新聞記者とカメラマンがやってきて、写真撮影のための“やらせウェイトトレーニング”をする。P2P特集の特別号を組むそうで、今日の午前1時にカナダに着き眠そうだったが熱心に写真を撮っていた。最後に集合写真を撮ったとき、ガッツポーズを要求され恥ずかしかった。 晩飯をはさんで三度、Body and mind energeticsの講義。マーティンとマルティナを含むチームのメンバーが二人一組になって(全員と行う)、相手の好きなところと嫌いなところを正直に言い合う、という時間があった。これはチームビルディングのためにかなり重要だろうし、興味深いものだった。今現在、チームはかなりいい感じでまとまっている。本当に素晴らしいメンバーだと思う。講義終了は夜の11時。今は夜の12時。今日もまた矢のごとく時間が過ぎ去っていった。 |
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| 2000年03月26日(日) | |
| ■男と女の話。 | |
今日は朝から、Body and mind energeticsの講義の続き。昨晩の話もなかなか深かったが、今日はそれに輪をかけて突っ込んだ話となった。男と女の話である。ぼくたちは男性が5名、女性が3名、あわせて8名からなるチームだ。これから9ヶ月ものあいだ寝食を共にするわけで、当然、色恋沙汰も起ころうというもの。今日はそんな「性」について考える講義となった。 日本人だけのチームならば、恐らくこのような話し合いをもつことはなかっただろう。今回はかなりおおっぴろげである。マーティンが長期遠征における男女の関係について自分の経験を話し、みんなで様々な意見、思いをシェアした。ぼくたちは、プロ意識(何のプロ意識だかよくわからんが)をもって、自分自身を制したほうがいいのか。色恋沙汰は人間の真理で、計らずして起こってしまうことがある。そのとき、その二人と他のチームメンバーの関係はどうなってしまうのか。うまい具合に気遣いながら見守っていけるのか。とても親しく信頼できる友達という関係が旅をうまく進めるのではないか。一ヶ月間の共同生活で、すでに、かっこいいとか可愛いとか、つきあいたいとかつきあいたくないとか色々な感情がうずまいているかもしれない。みんなそのへんのところをどう思っているのか、などなど。さらにディープな話もあったが、詳細は控えることにする。しかし、長期の遠征で皆が性についてどう考えているのか知っておくことは重要だと思う。こういう機会がない限り、あまり真剣に話す機会はない。 昼食前に再びヨガ。昼食後、講義の続きをして、夕方Body and mind energeticsの講義は全て終了。今まで色々な講義やトレーニングを受けて、だんだんとこのような長期のプロジェクトを行う際のロジスティックスがわかってきた。マーティンも色々考えているんだなあと思う。 夕方4時30分から、昨日に引き続き、韓国の新聞社・東亜日報の取材を受ける。またも“やらせスキートレーニング”の撮影。宿の裏のスキー場の坂道を苦しくもないのに苦しい顔をしながら登る。一列になったり二列になったりカメラマンの指示が飛ぶ。写真撮影はどうも苦手だ。やらせはもっと苦手だ。顔がひきつる。韓国の新聞にぼくのマヌケ面をさらすと思うと憂鬱である。 いよいよ北極行きが近づいてきて、慌ただしくなってきた。火曜日(日本時間では水曜日)までに北極行きのパッキングを終えなくてはならない。その前にはぼくが一番苦手とする英語でのプレゼンテーションが控えている。ため息もたまにはでる。今、夜の9時30分。プレゼンの準備などをして12時には寝る予定。 |
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| 2000年03月27日(月) | |
| ■極北の地で南の海に思いを馳せる | |
朝6時に起きてからプレゼンテーションで話すことの下書きを日本語で書く。テーマはMaking a differenceとChallenge to Changeなのだが、どうもうまくいかない。美辞麗句を並べるのは簡単だが、そんなことでは人に伝わるはずがない。うーむ。 朝食後に北極へもっていく膨大な量の食料のパッキング。朝食はほとんどオートミールというのが悲しい。ドライフルーツやジュースの粉末などを袋に詰め替えた。昼は行動食で、夜は米やスープ、サラミなどなど。メニューはすこぶる貧弱だ。今現在、ぼくは三食ともバキュームカーのように食べまくっている。ビュッフェ形式なのでおかわりし放題なのがいけない。日本にいても「ご飯おかわり自由」などの文字をみると、ふらふら店に入ってしまい、限界まで食べるのはぼくの悪いくせだ。これだけ食べてるのに、体重が増えないことが不思議でならない。もっと脂肪をつけたい。北極に行くと、さらにカロリーが必要なのに、この食料でやっていけるのか心底不安に思う。日本からゼリエース(ゼリーの素)を送ってもらったので、飢え死にしそうになったときのへそくりとして大事にとっておこう。北極は寒いのでよく冷えたゼリーができるだろう。(凍ってしまったら悲しいが) 昼飯後、テントを素早く張る練習をした。ボクシンググローブのような図太いミトン(手袋)が届いたので北極に備え、それを着用してテントを張る。当然、うまくいかず。 午後6時から、ぼくたちが泊まっているThe Hillsという宿で働いている人たちとその家族が集まって、パーティー。90人もの人が集まった。P2Pのメンバーがたくさんあるテーブルにそれぞれ別れて座り、談笑。その後、宿の支配人・ファニータがぼくらのために作った歌を披露したり、マーティンのスライドショーなどがあった。9時頃終了。 これは数日前の出来事だが、シーカヤッカーの内田正洋さんからメールが届いた。内田さんとは以前「シーカヤッカー」という雑誌に記事を書かせていただいたときに、色々日本の海洋文化について語り合った。メールの内容は3月上旬に行われた、ホクレア号の25周年記念イベントについてのこと。ホクレアはハワイ〜イースター島往復というとんでもない航海を成し遂げ、もどってきたばかりである。イベントにはナイノア・トンプソンの師匠であり、ぼくの大先生でもあるマウ・ピアイルグも来て、盛大に行われたようだ。P2Pに参加していなかったら是が非でも行きたかった。最近、ミクロネシアやハワイの海のことをよく考える。極北の地で(まだカナダだけど)遠い南の海について思いをめぐらすのは、何となく不思議だ。地球上には様々な環境があり、そこに人々が生活し、多様な自然がある。その土地の時間があり、太古から流れている地球の時間もまた存在している。ベッドに寝転がりながらふと素晴らしいな、と思った。 |
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| 2000年03月28日(火) | |
| ■北極準備とラジオ取材 | |
朝7時30分起床。朝飯に7時30分に行かねばならないのだが、寝坊した。今日も朝から北極へもっていく荷物のパッキング。どれだけ寒いのか想像できず、マッキンリーを基準に装備を選んでいるのだが、それ以上の寒さだったらと思うと恐ろしい。荷物を減らしたいが凍えるのはいやだ。一日にかなり歩く予定なので靴下に穴があくだろうかとか、カメラの電池を何本もっていくかなど、くだらないことで悩み、なかなか進まない。 ジャケットやオーバーパンツなどについている全てのジッパーに、ひもをつけて、手袋をしていても簡単に開け閉めできるようにする。また、ジャケットのフードには狐の皮を縫いつけた。 午後5時からNHKラジオの取材。北極前の心境やトレーニングの様子などについて聞かれ、30分ほどインタビュアーの女性と話した。短波ラジオなので全世界に流れるのだが、日本ではいつオンエアされるのか知らない。アジアやヨーロッパなどの遠く離れた地で、ぼくの声が流れると思うと不思議だ。インマルサット(衛星電話)も初めてつながった。やっぱり、見晴らしのいい場所でアンテナを確実に南に向けないといけないらしい。さてこれが北極でつながるかどうか。KDDの人は北緯70度以下でないと衛星をキャッチできないと言っていたが、マーティンは北緯82度以下ならつながると経験をもとに話していた。とにかくチャレンジしてみよう。 午後7時30分からJ-WAVEの取材。ブームタウンという番組の中のデイリーデリというコーナーで、主に食べ物に関する話題を提供するらしい。DJはクリスとも子(漢字わからず)さんという方で、話していて楽しかった。北極での食事について聞かれるが、オートミールなどの地味な食べ物ばかりなので、少し悪い気がする。これから南極まで、このデイリーデリという番組が定期的に取材してくれるらしい。ちなみに今日の分のオンエアは4月4日(火)午前11時10分からとのこと。 明日、近くの高校と100マイルハウスのホールで2度のプレゼンテーションを行う予定。ノートに必死に下書きするが、かなり憂鬱だ。さっさと寝ようと思う。 |
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| 2000年03月29日(水) | |
| ■恐怖のプレゼン終了。 | |
7時起床。シャワーを浴び、朝飯を食べて、北極への準備の続き。今日はスキーブーツにナイロンと綿でできたオーバーシューズをかぶせ、ネジでとめる作業をした。スキーを履いたまま着用するオーバーシューズなので底の部分がなく、かぶせる形になっている。そして、両側面とつま先のソール部分の3カ所をネジでとめろというのだが、ソールに3カ所も穴を開けてしまっていいものか不安になる。 午前11時から近くの高校でワークショップを行う。体育館に16歳から18歳までの生徒300人が集まった。ぼくら8人は二人ずつ4組にわかれて、体育館の四隅に散らばり、同じ内容のワークショップを行う。自己紹介にはじまり、[Take a risk][Awareness of issues][How to change]という題目でそれぞれ経験を語り、それに関したゲームを行う。最後にChallenge to Changeという話をして謝辞を述べて終了。計1時間のワークショップである。ぼくはハイジと組んだ。16歳から18歳というと、悪さ全開の時期で、学級崩壊ではないが、なかなか全体をまとめるのは難しい。「2人ペアになって」といっても動かないし、ガールフレンドとキスしてる奴もいる。自分の高校時代を思い出した。 午後7時からマーティンのオフィスの近くにあるホールで、プレゼンテーションをした。内容は高校でのワークショップとほぼ同じだが、今回はマーティンがスライドを見せ、僕ら全員でワークショップを行った。悪ガキ高校生とは違い、来て下さった方々の雰囲気はあたたかく、家族連れなども多かった。下書きを必死で覚えようとしたが、覚えられずカンペを見ながらのスピーチ。プレゼン終了後、100マイルハウスで日本語や日本文化を教える先生の仕事をしているという日本人の女性に声をかけられた。こんな小さい町で日本人に会えるとは少しびっくりだ。。6月までこちらで働いているという。 その後、ばたばた片づけをしていると、あっという間に夜の11時。恐怖のプレゼンも終わり、日記を書く気力もなくベッドに横になった。北極まであと2日。準備もまだまだ終わっていない。 |
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| 2000年03月30日(木) | |
| ■100マイルハウスからの最後の日記 | |
| 朝5時起床。昨日のプレゼンにカナダ先住民のメディスンマンが来ていて、ぼくたちのためにスウェットロッジをしてくださるというので、眠い体に鞭を打ち、なんとか早起きした。3月4日におこなったスウェットロッジと同じ場所に向かう。あのときは雪が積もり、目の前に流れる小川も半分凍っていたが、今回は雪も溶け、川の水も眠りを覚ましたように緩やかに蛇行している。あまり実感しなかったが、こちらもだいぶ暖かくなってきたということだろう。 前回と同じく、水着一枚になって、かまくらのような小さなドームに皆ではいる。体育座りをし、皆が体を寄せ合ってやっと入れる大きさである。中央に掘り炬燵のような穴があり、そこによく焼けたこぶし大の石を最初に7つ入れる。なぜ7つなのかは知らない。決まりなのだ。そこにドラムというたばこの葉とスプルースの小枝ををなげいれる。入り口を閉め、真っ暗で何も見えなくなると、一人の先住民の男性が祈りのようなものを捧げ、石が置かれている中央の穴に水をふりかけていく。途端に蒸気がドームいっぱいに充満し、サウナどころの熱さではなくなってきた。すぐに全身から汗が吹きだし、スプルースが敷き詰められた地面にぽたぽたとこぼれ落ちていく。熱くて鼻では息ができず、口で息をした。皆が思い思い現在の心境を語り、気持ちをシェアしていく。時に歌い、時に祈る。先住民の人々の言葉だろうか、英語ではない響きが頭の中で反芻し、熱さの中で何も考えられなくなる。暗闇で何も見えず、ぼくの心は内へ内へと向かう。その間に、何度も石に水が降りかけられ、その度に熱さは増していった。限界に近づいた頃、一回目が終了した。今日はそれを4回おこなった。 マーティン曰く、北極での成功は、肉体面ではなく精神面の安定にかかっているという。スウェットロッジで気持ちを整えて北極に向かうのだ。 宿に戻ってすぐにパッキング再開。北極に持っていく荷物と、北カナダに着いてから使う荷物と、オフィスに置いておく荷物の3つにわける。ぼくの部屋はパソコンの部品などが散乱し、とっちらかっていて、どうにも嫌になる。今日は徹夜になってしまうのか。寝不足なので昼寝をしようと思ったが、あっという間に晩飯の時間になってしまった。晩飯後にマーティンに荷物をチェックしてもらう。歯磨き粉を共同で使うことにしたり、靴下を一つ減らしたり、徹底的に軽量化をはかる。極地のエキスパートの横顔を垣間見た気がした。ぼくの荷物はインマルサットやらデジカメやら電池やらでやたら重い。フィルムは40本もっていくことにした。 午後9時からFM愛知(80.7fm)の取材を受ける。4月3日にスタートする「安藤まり子のBeforeNoon」という新番組で、オンエア日は4月6日か7日の午前10時40分か午前11時40分からとのこと。安藤まり子さんと20分くらい話をした。「リクエスト曲を何でもいいから言って下さい」といわれ、ちょっと考えてしまったが、ブエナビスタソシアルクラブのイブライム・フェレールの曲にした。北極に行くのだからもっと寒そうな曲にすればよかったかな、と後で思う。あの映画にでてくるキューバのおじちゃんたちも大好きだが、ライ・クーダーも捨てがたい。こちらにCDを何枚かもってきているがまだ満足に聞けていない。ヴェンダースの映画はいつも視点が渋いと思う。 いよいよ日記を書くのも今日で一段落ということになるだろうか。北極には今使っているリブレットというパソコンはもっていかないが、モバイルギアという小さなパソコンをもっていくことにした。今日、インマルを使ってのメールの送受信のテストを行い、何とか成功した。果たして、北極ではどうなるのだろうか。 日記を読んでくださっている皆さん、ありがとうございます。5月に再開したいと思います。またのぞきに来て下さいね。(もしかしたら、北極からメールを書くこともあるかもしれませんが。) 明日は朝4時30分に起きて、5時か6時には出発します。では、行ってきます!!! | |
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